英文誌への投稿を始めたばかりの後期研修医のブログです。
New England Journal of Medicine の「Images in clinical medicine」への掲載を目標に頑張ります。
Posted by Hiroki Matsuura - 2019.05.06,Mon
Clinical PictureがAcceptされました(50本目)
今回は救急疾患に関するClinical PictureがAcceptされました。タイトルは「Trench foot: A disease in the World War I」です。掲載誌はまたもや卒後医学教育に先進的な変化をもたらした英国の非営利団体Fellowship of Postgraduate Medicine (FPM)が発行している100年の歴史と伝統を誇る教育誌「Postgraduate Medical Journal (IF 2.078)」になります。今回の症例では「Trench foot」、日本語で「塹壕足」を取り上げています。タイトルにあるように「Trench foot」がなぜ「第一次世界大戦の病気」なのか、疾患の話の前に世界史について復習しましょう。欧州各国の複雑な利害関係から勃発した第一次世界大戦は様々な新兵器が戦場に登場し、激しい戦闘により前例がないほど夥しい数の犠牲者が出た悲惨な戦争として記憶されています。この凄惨極まりない世界大戦は戦車、航空機、飛行船、毒ガスが登場した初めての戦争であるということ、そして医学の歴史においても様々な分野で多くの発見と進歩がこの悲劇的体験を通して得られていることを忘れてはなりません。
それまでの戦争と異なり第一次世界大戦では機関銃の大規模な運用が行われるようになり、従来の戦術では火線(敵の前線)を突破することが非常に難しくなったことで、塹壕戦が戦争の多くを占めるようになりました。そして兵士の仕事の多くは「塹壕堀り」になるほどに情勢が変化したようです。その負の側面として塹壕はひとたび雨が降ると水はけの悪さや衛生状態の悪化で感染症が蔓延しました。また当時の兵隊が着用していた分厚い革製のブーツに水が浸み込むことで、長時間の水曝露が生じ、結果として多くの兵士が足趾の循環障害から「塹壕足」を患い、感染症と相まって足の切断を余儀なくされるという事例が多発したのです。
上記に述べた通り、「塹壕足」とは凍傷に至らない程度の低温に長時間の曝露されることで生じる足趾の循環障害です。戦闘状態にない現代社会における塹壕足は、ホームレスなどの屋外生活者や高齢者の水路転落などで認められるようです。今回の症例は独居の高齢女性が自宅風呂に落ち、救急隊に救出されるまで足が3日間水に浸かったままであったというものでした。幸いにも本症例では足趾切断に至ることもありませんでしたが、長時間にわたって寒冷曝露にあった患者では注意したい疾患のひとつです。
100本まで残り50本です。
やっと折り返し地点です!
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Posted by Hiroki Matsuura - 2019.04.09,Tue
Clinical PictureがAcceptされました(49本目)
今回は消化器疾患に関するClinical PictureがAcceptされました。タイトルは「Acute Gastric Dilation caused by Superior Mesenteric Artery syndrome」です。掲載誌は卒後医学教育に先進的な変化をもたらした英国の非営利団体Fellowship of Postgraduate Medicine (FPM)が発行している100年の歴史と伝統を誇る教育誌「Postgraduate Medical Journal (IF 2.078)」になります。今回の症例ではAcute Gastric Dilation(急性胃拡張)がSMA症候群によって生じたというCaseを取り上げています。そもそもSMA症候群は十二指腸水平脚がSuperior Mesenteric Artery(上腸間膜動脈)と大動脈、あるいは脊椎に圧排されることで狭窄や閉塞をきたす疾患です。若い痩せ型の女性に多いことが知られています。画像所見としてはSMAと大動脈の分岐角が正常よりも鋭角になっています。
急性胃拡張はその名の通り、過食や排出不良に伴う胃内容物の貯留で胃が拡張するという病態です。神経変性疾患や脳梗塞、糖尿病、術後再建、摂食障害、薬剤によって生じることが知られていますが本症例のようにSMA症候群でも起こりえます。SMA症候群では胃の内容物が大量に存在することで排出遅延が起こることから胃拡張を起こしやすいと考えられています。「ただの胃の拡張じゃないか」と思われる方も多いのですが、意外にも重症例が多数報告されています。
胃は支配血管が豊富であることから滅多なことでは阻血になりませんが、胃の急激な拡張で内部から血管が圧排され胃表面の血流が乏しくなり、最終的に組織壊死に至ると胃破裂をおこします。胃破裂を起こした場合の予後は不良であり死亡例が多数報告されていますから、本症の患者を診た際には胃管挿入による迅速な減圧が必要です。
今回の症例でも来院後すぐに胃管を挿入のうえ、胃表面の血流を腹部超音波検査で確認しバイタルサインや自覚症状を細かくチェックして、注意深い経過観察を必要としました。当の患者本人は「食べ過ぎました」と申し訳なさそうにしていましたが、当直中の私はいつ破裂するかわからないと気が気でなかった思い出があります。
さまざまな論文を確認すると急性胃拡張を起こした症例の多くで精神科疾患を有する場合が多いとされています。たとえ急性胃拡張が軽症で済んだとしても背景疾患として摂食障害がある可能性は否定できません。注意深い問診で患者の生活歴を知り、精神科や心療内科と相談しながら対応する必要があるかもしれません。
100本まで残り51本です。
Posted by Hiroki Matsuura - 2018.12.25,Tue
Clinical PictureがAcceptされました(48本目)
今回は皮膚科感染症及び院内感染に関するClinical PictureがAcceptされました。タイトルは「Norwegian scabies」です。掲載雑誌は世界的に著明な米国の医療機関であるCleveland Clinicが発行する内科系雑誌「Cleveland Clinic Journal of Medicine(IF 3.37)」です。
Norwegian scabiesは角化型疥癬の通称「ノルウェー疥癬」のことです。疥癬はヒゼンダニによって生じる皮膚感染症であり、激痒と表現される非常に強い痒みを特徴とします。一般的な疥癬(通常疥癬)は免疫力が正常な人にも感染が起き、病巣には数十匹程度の虫体が存在しますが、免疫力の低下した患者に起きる角化型疥癬(ノルウェー疥癬)では数百万を超える虫体と爆発的な感染力を有します。本症例では残念なことに、私と指導医の皮膚科Drが感染してしまいました。このような爆発的な感染力のため院内感染が起きる危険が非常に高く、Clinical Pictureでその性状を知ることが非常に有用な疾患の一つだと考えられます。
なぜノルウェー疥癬と呼ぶのかというと決してノルウェーの患者が多かったわけでなく、本症の報告者であるDaniel Cornelius Danielssen(M.leprae発見者の Armauer Hansenの義父)がノルウェー出身であったからです。なんと迷惑な話でしょう。当然ノルウェー出身者はこの呼び名をひどく嫌います。仮に私が発見してたとしたら「Japanese scabies」にでもなっていたのでしょうか、甚だ迷惑ですね。
治療法はクロタミトンやフェノトリン、硫黄製剤などの外用薬とイベルメクチンの内服です。
特にノルウェー疥癬では全身状態が悪化している患者が多く、イベルメクチンの早期内服が非常に重要となります。イベルメクチンはご存知の方も多いとは思いますが、2015年度のノーベル生理医学賞を受賞された大村 智先生によって合成されたマクロライド系の経口駆虫薬であり、中南米やアフリカで河川失明症を引き起こすオンコセルカ症、東南アジアで未だ流行している糞線虫症、そして本症に非常に効果的です。
なおノルウェー疥癬にステロイド軟膏は基本的に禁忌です。よくあるパターンとしては寝たきり全介助の高齢者に皮疹があらわれ「特に何も考えなく」ステロイド軟膏を処方し、増悪しているのに継続する、といったパターンがあります。本症例でも同様の経過があり、療養型の病院で「何の考えなく」ステロイド軟膏を長期間にわたって塗布され続けて増悪し、病院職員にも多数疥癬患者が出たというものでした。
本症の確定診断は虫体の確認ですが、疑わしい病歴として「周囲の疥癬患者」「ステロイド軟膏使用歴」などの聴取が必要です。経験者は語る…ではありませんがムチャクチャ痒いです。
仮に寝たきりで言葉も発せない高齢者がノルウェー疥癬に罹患していたとしたら「拷問」以外のなにものでもないと思われます。院内感染、周辺地域における公衆衛生上、本症は大きな問題となりうるため早期診断が非常に重要です。なおヒゼンダニ自体はヒトの皮膚を離れると室内環境で最大72時間程度しか生きることが出来ません。よって本症患者に触れた可能性のあるもののうち、洗浄可能なものに関しては温水での洗浄とドライクリーニングを実施し、洗浄が難しいものに関しては3日程度触れないことが求められます。早期診断と感染拡大予防に本症例を他山の石として有効活用いただけますと幸いです。
100本まで残り52本です。
Posted by Hiroki Matsuura - 2018.10.25,Thu
Clinical PictureがAcceptされました(46本目)
今回は非常に珍しい遺伝疾患に関するClinical PictureがAcceptされました。タイトルは「Opposite Murphy’s sign」です。掲載誌はなんと米国消化器病学会が発行するJournalで、消化器内科領域を扱う雑誌で最も高いImpact Factorを誇る「Gastroenterology(IF 20.773)」です!
今回の症例は発熱と突然の左季肋部痛を主訴に救急外来を受診された病院嫌いの患者に未指摘の完全内臓逆位があったというものです。右季肋部痛なら急性胆嚢炎を鑑別し診断することは容易なのですが、まさか内臓逆位であったとは受診時点では想像もつきませんでした。
左季肋部にエコーを当てた瞬間、腫大した胆嚢があらわれたときには
「あ…ありのまま今起こったことを話すぜ」
「おれはやつの左季肋部にプローブを当てたと思っていたら、いつのまにか胆嚢がうつっていた」
状態でした。胆嚢って左にあったっけ?と状況を即座には理解できなかったものの、その後に撮影したポータブルレントゲンが全てを物語っていました。心臓が逆!サウザーかよ!
患者本人は病院受診はおろか、学校健診すら受けたことがないほどの病院嫌いであり、今まで内臓逆位は未指摘だったとのこと。しかし問診を進めると「そういえば兄貴が内臓逆位やって言われてたなぁ」とポツリ。濃厚な家族歴が存在しました。
初期研修医に本症例のCTを見せて「所見は?」と問うと大体眼を白黒させて混乱します。面白いです。
掲載の折にはぜひご紹介ください。
さて内臓逆位には「完全内臓逆位」と「部分型内臓逆位」が存在します。前者は字面そのままであり、大きな障害を来たすことは稀とされています。しかしながら部分型ではしばしば生命に深刻な影響を与えるような奇形が存在することも稀ではありません。原因は遺伝子変異によるものですが、関連遺伝子は20種類をこえ、特定の遺伝様式をとるわけでもありません。
内臓逆位は救急外来などで大きな問題となるのは言うまでもありません。特に今回のような未指摘の患者や意識障害をきたした患者では侵襲的な手技で医療事故を起こす可能性が飛躍的に高まります。完全内臓逆位に対してVATSや腹腔鏡手術を実施したという事例は、主に外科系の雑誌で症例報告が散見されるものの危険性が伴うのは自明です。
今回は身体所見としてOpposite(真逆の)Murphy兆候があったというものでした。おそらく一生会うことのないレアケースだとは思いますが左季肋部痛の鑑別(他にあるのか?)として内臓逆位も頭の片隅に置いていただければと思います。
なお本症例は2018年9月2日に開催された第1回日本臨床写真学会で発表致しました。恐らく当学会で発表されたもので初めて英文誌に掲載された症例だと考えられます。日本臨床写真学会は今年度発足した学会ですが、非常にImpressiveな症例が多数紹介され様々な媒体で現在注目されている学会です。第2回も2019年夏に予定されておりますので皆様ぜひともご参加ください(リンクはこちら)。
100本まで残り54本です。
Posted by Hiroki Matsuura - 2018.10.20,Sat
Clinical PictureがAcceptされました(45本目)
今回は喫煙と爪に関するClinical PictureがAcceptされました。タイトルは「Harlequin nail」です。Harlequin nailはQuitter's nailと呼ばれる場合があります。喫煙歴の長いヘビースモーカーでは爪の着色が認められるのですが、何らかの原因(疾病、金欠など)で突然タバコを吸わなくなると、色素沈着のない正常な爪との間にコントラストがあらわれるというものです。文章にしても想像しがたいので、「百聞は一見に如かず」ぜひ掲載誌をご参照ください。
またHarlequin nailは喫煙自体はやめていないけれどもタバコをタール量の少ない銘柄に変更した際にも起こります(論文)。
本症例はヘビースモーカーの患者が金欠と家庭内ネグレクトにより数か月前から動けなくなり、タバコを止めざるを得なかったという背景がありました。
元記事のリンクはこちら(追記:2020年9月30日)
爪は外表面に出ているのにもかかわらず、なかなか診察されません。しかし爪を診れば患者の生活背景をよりダイナミックに想像でき、隠れた疾患を発見できるキッカケを得られるかもしれません。乾癬、膠原病、腎不全、感染性心内膜炎、鉄欠乏性貧血…爪を診て診断に至る疾患は多数存在します。皆さんは爪の所見から20の病名を挙げられますか?
掲載誌は英国内科学会の発行する内科系雑誌「Quarterly Journal of Medicine(IF 3.204)」になります。なんとQJMは今回の症例でAcceptが累計30本になりました。
100本まで残り55本です。
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